2009/09/12

未来へ



昨日は、9.11~アメリカを変えた102分~というテレビ番組を観ていました。

後から撮ったのではなく、実際にこの出来事を体験した人々が撮っていたライブ映像ばかりを集めて作ったライブドキュメンタリー番組で、日本ではほとんど公開されていない映像がたくさん観られました。

人が次々と落下していく様子を映していたり、

まだ、犯人が誰とも、何が起こったかもよくわからない状態から、
ある家庭では、初めはショックを受けながらもカメラを回していたのが、
2機目の追突でテロだと自ら悟り、戦慄し、高層階の自宅マンションにいることに耐えられなくなって家を飛び出していくまでの様子、会話など、
ショッキングな映像がたくさん出てきます。

何が正義で、何が悪で、何が憎むべきことであり、何を支持すべきか。。。

あまりにも手の届かないところで起きている人類の歴史は、
私は心に刻むべきではあっても、ジャッジすることなど出来ません。

悪の行為そのものよりも、憎むべきはその根源であり、それはまた非常に複雑です。

このブログを始めて、3年以上が経ち、その間には、
個人にとっても、人類にとっても、記念日もあれば、悲劇の日もありました。

でも私は、そのたびに、ジャッジすることをなるべく避けてきました。

表明する私の立場は変わりません。

原因のわかること、自分にとって確かなこと、出来ることを。
まず一つ、そして一つと、目の前のことに向き合っていくこと。

目の前に一本の樹があればそこに美を見出す。
目の前の人に対して思いやりを持つ。

そして、手の届かないことは、一つ一つ、知ることの出来ることから知っていく。

友人が不機嫌でも、その背後にあるものを思いやり、一緒に耐える。

このTシャツをつくっている人が1時間6円の給料で働かされていると知れば、それは買わない。

先進国に生きていれば、誰かを虐げずに生きることなど不可能な現状の中、
そうであるという事実を少しでも知り、知りつつも、それでも生きるということ。

劇的にではなくても、知ることによって、未来の選択は一つ、また一つと変わっていく。
買い物一つ、人にかける言葉一つ。

自らの内面に平和あれ。

それが、隣りの人にほんの1mm、あるいは1g、ほんの少しだけ影響を与える。

それで充分に世界を変える一歩になる。

変えようとするのではなく、自然に変わっていく。

今、ここにいる自分。

絶えずその一点に全力を注げば、心安らぐ。

2001.9.11

今、私はあの頃よりも少しだけ知識を多く持っていて…、

世界には、この映像と同じように苦しみ、悲しみ、死んでいく人たちが今もたくさんいること。
虐げられた人々の現状は、時に大きな力によって隠蔽されたり捻じ曲げられていること。

知ることで、私自身の、今という未来は確実に変わってきています。

めぐりめぐり、もしかしたら、だからこそ今ヨガを教えているのかもしれなくて…



世界中の悲劇と憎しみを、自分の中の愛と思いやりの種に変えていけますように。
でもそれらを利用することなく、ただ、今というときの流れのままにいられますように。

多くの人が今まで私に対してそうしてくれたように、
明日も、愛をもって、クラスにのぞみたいと思います。

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