2007/12/31

今年やり残したことは…

Photo: 今月の前半です。

今年もあと1時間を切っています。
やり残したことは?

ブログ!!!

というわけで取り急ぎ更新です。

本当に今年後半は物理的に時間がなく、睡眠時間以外全部埋まっている感じでした。
大変なこと、乗り越えなければならないこともたくさんありましたが、それらの全部、
そこにあってくれること、そして私自身がこうして今ここにいられることに、
常に感謝、感謝でした。

感謝すること、感謝出来ることに本当に幸せを感じた年でした。

いくつもの展開。

お世話になったたくさんの方々。
その多くの方々へ、誠実に心を開いていく努力も出来た年だったと思う。

もちろん、出来なかったこともたくさんあるけれど、

すべてを認めて、受け入れて。

手に入れたこと、
まだ届かないこと、
それらのすべてに執着を抱かず、

見つめ。

見つめることの幸せ。

…と言っているうちに、あと5分で年越しコンサートが始まります。

みなさま、来年も宜しくお願い致します。

2007/12/08

鴨の波紋…


なんか、この季節にみると寂しいカモ。。。

2007/12/06

ピンホールレンズ


師匠から教えていただいた一眼レフ用のピンホールレンズをつけて、撮ってみました。
…こんな感じであってるかしら???

2007/12/05

紅葉川


川というより、滝かなぁ?

2007/12/04

紅葉


光が、やわらかくなっています。
まだまだ紅葉中ですが、もう冬ですね。。。

2007/11/23

Happy Birthday


昨日メールを送ろうとしたら、ちょうどその友人のお誕生日だったので何かないかと思い、
薔薇の写真を現像し、携帯サイズにして添付。
お誕生日おめでとう、の気持ちを込めて。


………


せっかく現像したし、ブログにもアップしていいですか。(^^;

神代植物公園内のばら園。
濃密に香り立つ薔薇。ゆったりとした気持ちを運んでくれます。

充実したよい一年でありますように。。。

2007/11/08

帰宅報告


先週の土曜日、ヴィパッサナー京都から帰りました。

ずっと目指してきた修行の旅でした。



今までに出会ったすべての人々、

すべてのもの、

すべてのことが、

私の今回のチャレンジへの道になり、

支えになってくれました。



初めの数日、直接的に今回の旅をサポートし、アドバイスし、

支えてくださった方々を様々な面でよりどころにしていたように思います。

でも日が経つにつれ、もう会うこともないあの人も、あの出来事も、好きなもの、嫌いなものも、

皆、私を支えていると感じるようになりました。


5日目の夜だったでしょうか。

月の輝く夜を眺めながら、改めて「すべてがそうなんだ」と感じた。

心の奥底からその気持ちが沸いてきました。

すべてのつながりによって今私は存在するのだと思えたとき、

逆に、一人で立っていられるようになったと感じます。

頭で、依存しないようにと自分に教えるのではなく、実感することが出来た。


終わったとき、何よりも感謝でいっぱいになり、

心から、「ありがとうございます」と言いたくなりました。



みなさまが幸せでありますように。

まだまだ頼りない私ですが、これからもよろしくお願いします。

この旅で得たものを時間をかけて消化していきたいです。

2007/10/19

お知らせ


お知らせです~。

10月23日午後より、11月3日の午前まで東京を留守にします。

その間、
PHSOFF
留守番電話もメールも一切チェック致しません。
ご用の際はメールを送信しておいていただけると助かります。

何事もなく平穏な毎日でありますように。

m(_ _)m

2007/09/28

敬うこと


※ 2009/06 excite blog より引っ越してきました。
  そのため写真にロゴを入れたままになっております。
  そのうち修正しますのでご了承ください。



とある百貨店。

トイレを出て鏡に向かうと、隣の鏡の前の人が首にカッターをあてていた。
時々刃を動かそうとしているけれどまだ切れてはいない。
本気なのか、誰かに気付いてほしいのか。

誰か?

…って、私しかいない。
アクションが決められず、まずはその人の方に向き直って視線を送ってみる。

やめない。

私の視線に気付いているはずだけれど。。。
なんだか本気で死ぬのではない気がしてきた。

店員に知らせてくるには少しの空白が必要。

私が興味を示さなければあるいはやめたりしないかな?
と、また自分の鏡に向き直ってみたりもしたけれど、状況は変わらない。

恐怖はなかったけれど、刃物でもあるし、とにかく店員に知らせることにして静かにその場を離れたあとダッシュ。
1階だったので化粧品売り場で、近くに女性店員しかいなかった。
けれど、とっさに落ち着いた様子で話を聞いてくれたので私はその店員さんを信頼することにした。
状況を知らせた後、私は顛末を見ずに立ち去ったのだった。

第一に、客としては直接他の客と関わるよりは店員に任せたほうが安心だという判断があった。
第二に、私はとても急いでいた。

でも、客としてではなく人として、この時の判断はどうだっただろう。
その人のためらったカッターの持ち方から、私は勝手に判断した。
「すぐに死ぬような状況ではない」と。
でもなぜそんなこと私が決められようか。
次の瞬間その人が死んだとしたなら、私が立ち去ったことへの絶望が踏み台になったのかもしれない。

青白い顔をしている人だった。

私は急いでいた。
命より優先して急ぐべき場所とはどこだったのだろうか。

また、私が止めずに、仲介者を呼んだために仲介者の身に何かあったとしたら?
本人ではなく他の誰かが怪我をしたり命を落としたら?

私の眼は曇っていた。
その人を見たときこう思ったんだ。
あぁ心の病んだ人だ、と。
人が大勢いるところでは必ず何人かいる、突然奇声を発したりする人の仲間だと。
「メディアでよくみる、リストカットが癖のようになっている人」と、ある種のカテゴリ化をして私は見たのだろう。

カテゴリとは偏見のことだ。

それは目の前の真実そのものではない。
いつでも自分の目で見るという大事なことを、なぜ私は放棄したのか。

また無意識に、私はこう思ったに違いない。
あぁこれに関わったら長い時間かかりそうだなぁ、と。
時間とは、一体何よりも大事なものだったのだろうか。


すべての人に頭を垂れていたい。
愛する人、愛するのが難しい人、その時初めて会った人、百貨店の店員さん。
東京というところはあまりに大きく、しかし本当はみんながつながって生きている。
たくさんの人がいすぎて、ただ、どうつながっているのか自覚しにくいだけのはずだから。

その人を、その物を、そのありのままのすべての出来事を、敬い、そこに捧げられる自分でありたい。
自分の中の真実へと深く深くおりていくためのこの個人の人生の旅路は、決して自分の内側だけのものではないはず。
それは内であると同時に外であるはず。



幸せでありますように。

2007/09/13

Keith Jarrett trio Tokyo '96

TOKYO ’96
TOKYO ’96
数日前まで確かに夏!だったのに、今日はもうすっかり秋。。。

秋の気分に合わせて突然
Keith Jarrett (ジャズ)など聴いています。
だって「枯葉」とか流れてきても全然違和感がないですもん。

このCDは、適度にスタンダードな選曲で、それでいて飽きず、落ち着いた感じが気分。

ライブ録音は拍手がうるさかったりするものもあるけれど、
そういうものも含めてサラサラと聴けるように出来ていて、全体の印象がうるさくないです。

そもそも彼の音楽そのものが、「さらさら」で出来ている感じがしますね。
それを物足りなく感じる時もありますが、初秋の夜には私はぴったりに感じました。

ジャズピアノでサラサラした気分になりたい人におすすめです♪

台風一過


ISO 200. 1/2500. f/2.8. 90mm

数日前の写真です。台風一過のあたり。気温は30℃超え。夏の陽ざし。

…なのに今日はもう秋という感じ。

…寂しい。
(T-T)

私は夏が大好きです。
暑い日の、身体の中にエネルギーがギューッと凝縮されているあの感じ。
身体の内と外との均衡感。
そういうものが、写真に対する集中力にもつながる(と思う)のですが。。。

夏と秋の狭間で揺れている私です。(悪あがき?)

2007/09/08

待つ


最近も相変わらずRAWで撮影して→JPEGに現像して
web用にサイズを小さくして→アップ。

という手順を踏んでいます。

現像していて思い出すのは、ある写真家さんのこと。

故高田三郎先生の公式カメラマンであった彼女に縁あって私も撮っていただいたことがあります。
スナップ的な撮影で、その時には何も意識しなかったのですが、
1年も経ってから突然、彼女が
A4版の封筒をくれました。

中から自分の顔のアップが出てきてビックリ。

あの時の写真!?まさかこんな立派な作品にしてくださるとは、と感動していると、


「今なら(現像が上手く)出来そう、とビビッときたから。」


と、彼女は言ったのでした。
「へぇ~」と聞いていたのですが、実はあまりよく意味がわからなかったのですよね。
その時の私はカメラとは無縁で、今だって銀塩写真の本物の現像は一度も経験がないですし。

「現像っていつやるかによって違うの??」

今私のやっているのは、「たかが」デジタル写真。

それでも、

今は「現像が上手く出来そうな時」と「迷ってしまう時」がある、
ということが一応理解出来るようになったので、彼女の言葉を凄い、と感じるようになりました。
何をどうみせたいかによってもやることは変わってくる。

プロならばすぐにでも答えを出す必要が、時にはある。
けれど、締め切りのないその写真に「その時」が来るまで、
待つことが必要だと彼女は感じていたのでしょう。

シャッターを切るのは一瞬でも、作品として成り立つまでにかかる時間は、一瞬とは限らない。
必要なのは、時にひたすら作業することかもしれないし、
時に作業しないこと、ひたすら待つ時間かもしれない。
あるいは観想のようにこの花の線の一本一本が心に完全に焼き付くまで、ただ向き合うことかもしれない。

そうした結果得られるものは、見た目にはほんの些細なことかもしれない、
けれど、時にはそれが「ただのデータ」と「作品」との境界をつくることもある。
そうしたことを見極めていくのは、ある意味「写真を撮る」という行為の純度を
ひたすら上げていくことなのかもしれないなぁ。

そんな風に、「迷い」としてではなく、純粋な意味で時間をかけて写真をつくれるようになりたいなぁ。

2007/08/29

甘い蜜


月食見たさに、(曇ってはいたけれど念のため)頑張って早く帰ったら、
ものすごいスコールに当たってしまいました。(>_<)

かなり長いことカフェで雨宿り。雷ゴロゴロ。
一歩も動けず、家にも帰れず。

えぇ、天気予報観なかったのが悪いのですけれど。

それにしても予定時刻ピッタリにあんなに雨を降らせるとは~。
楽しみにしてたのに。。。

今日は愚痴だけ?(ToT)
いえいえ、これもまた夏らしい体験でヨシ。
カフェに感謝。

2007/08/28

祈り


色よ、光に溶けろ…

2007/08/26

適応


PHOTO: 旬の長い花です。



夕方少し「涼しいな」と感じてふと見上げると、あるビルの外気温表示で31℃になっていました。

……

うん、私、それなりに夏に適応して生きてるな、と思いましたね。(^^;

そうそう、以前フィジーに行った知人が、現地にしては涼しい日にちょうどあたり、
それでもTシャツ1枚で普通に歩いていたら、現地の人は皆セーターを着込んでいたそうです。
そしてお互いに「そんな格好じゃ暑いだろう」「そんな格好じゃ寒いだろう」と驚きあったとか。

感覚と、季節。

それは単に慣れる、順応するということでもあるけれど、そこから更に思うことは、

自分自身の固定観念や偏見を打ち破ることによって、
身体的な適応力もあるいは、またはある程度、向上するのではないかということ。

心頭滅却すれば火もまた涼し、といきなりはいかないけれど、
少しずつ、そうした心の自由さを身につけていくことも必要だなぁ、と思う今日この頃。

もう少し色々と脱ぎ捨てられそうな観念があるなぁ、

もっと自由になれるなぁ、

そうすればもっと快適に過ごせるんだろうなぁ。

…と、わかってはいるんだけど。。。


日々一歩ずつ、歩めたことに感謝しつつ、頑張ります。

2007/08/22

お久しぶりです


いやー、ご無沙汰しております。
久々すぎて、実はいつ復活したら良いか自分でもタイミングがわからなくなっちゃってました。

…いつでも良いのにね。
(^^)

更新しない間もずーっと来てくださっていた方、ありがとうございました。
またボチボチやっていきます。

2007/06/04

若冲・禅・私


京都、鴨川にて。「ウォーリーを探せ」


京都へ。
大した写真も撮らずにまっしぐらに向かった先は相国寺。
若冲・動植綵絵の120年ぶりの展示を観に。

夢のように美しかったなぁ。。。

なにしろ帰ってきてモネ展を見に行く気が失せたほど。
大好きなモネを「大したこと無い」と思ってしまいそうで恐かったから。
そんな考えが浮かんだことそのものも驚きで、何もかも次元が違っていた。

それほどに偉大な画家が日本にいたことを、想って。
そして伊藤若冲が修行していた相国寺という禅寺の思想。
この思想なしに、あの絵の深さは、輝きはあり得ない。

今ここにいる私という存在の根底から、それらの美へのつながりをたぐり、たぐっていく。

会場から出ると、遠くの山に大きく「大」の焼き跡。
京都の街。鴨川の流れ。足の長いこの鳥の歩み。

俄然、禅の描く仏性が、自分の中で少しリアルに、そして濃密になってきた。
いろんな糸が、動機が統合されていく。

学び…

学ぶことには、動機が何より大事だと思う。
自分とどうかかわっているのか、本質的かそうでないか。
それが、真に学ぶべき知識と、オタク的知識への興味との境界線。
鵜呑みにしない、ということ。

伊藤若冲が今回くれたもの。
私のこれからの学びへの多大な影響。
強烈な動機づけ。

帰って来てからもじわじわとそれは広がって、私に影響を及ぼし続けている。

今、私には猛烈に学ぶべき時が来ている。

ワクワク~。

2007/05/04

万年筆のお医者さん 川口明弘先生


あっという間に5月突入。
久々に万年筆な出来事について書いてみま~す。



川口明弘先生は、大好きな万年筆のお医者さんです。
ちょうど一年ほど前に家で発掘した古い万年筆を見事に復活させてくださったのも先生でした。
先生は日本中の多くの万年筆ファンにとって大切な存在であり、また、
私が毎日万年筆を使うようになったのも、川口先生との出会いがきっかけでした。

私が最初に手にした本格的な万年筆は、写真の
PARKER SONNET
ある年の誕生日にいただいたものです。
黒いボディー、銀色の金具、飾りや模様はなし。

シンプルで、飽きず、お気に入り。

しかし、です。

使い出してみると、肝心の書き味があまりよくなかったのです。
ほんの少しなのですが、ペン先の金属がカリカリとひっかかる感じ。

…そういえば自分で試し書きしていません。(←致命的)

初めは頑張って使っていましたが、これならボールペンやシャープペンのほうが楽だなぁ、
という感想で、程なく使わなくなってしまいました。

それから何ヶ月か、もしかしたら年単位で時間が経ったでしょうか。
万年筆好きな友人につきあってセーラーのペンクリニックに行くという希有な機会がありました。
会場は新宿伊勢丹の文房具売り場だったかな?

そこにいらっしゃったのが、冒頭の川口先生。
せっかくの機会なので、私も自分の万年筆を診ていただきました。

先生の仕事道具はとてもシンプルです。

小さな拡大鏡
水の入ったインク壷
サンドペーパー

通常はこれだけです。
(症状によって、ペン先を分解しなければならない場合は別の工具もあります。)

ペン先の調整って、コンマ何ミリの世界なのですが、先生は基本的に「素手」で直されます。
どうやっているか…説明するのは難しいです。
とにかく仕事が速く、よく観察しようにも、あっ、という間に「書いてみて」と手もとに返されるのです。

「ここが調子悪いので、もっとこうして欲しいのですが。。。」
というように、要望を聞く治療ではなく、
ただ「あるべき姿に戻す」治療という印象。

「こうであるのが当たり前」な状態にあっという間に仕上げます。

「書いてみて」と言われて書いてみたその書き味。
あの初めのビックリは忘れられません。
紙の上を「滑って」いくその感覚。

気持ちいい。
どんどん書きたくなる。

同じペンがあんなに変わるなら、もっと早く来ればよかったと思いました。
これがこのペンの、本来あるべき姿。。。

思うに、たとえば古来使われてきた「筆」というものも、
墨をたっぷり含んでいればするすると紙の上を滑ります。
「鉛筆」も、筆圧はあまりいらない、むしろ筆圧をかけすぎると折れてしまう筆記具です。

シャープペンシルが普及してから学生の字体が変化した、というのは有名な話で、
「シャープ文字」というのも存在する現代ですが、このシャープ文字は紙の「滑り」よりも、
むしろ「ひっかかり」を逆に利用して書かれる文字の書き方のような気がします。

シャープペンやボールペンなどの筆記具の普及で、
鉛筆を削る手間は省けたかもしれませんが、実はそれらは筆圧の強い人、
肩こりや姿勢の悪くなった人などを増やしているようです。
また、正しい文字を書けない人も増えています。
…が、筆記具が変われば字体、ひいては文字が変化するのは当然のことかもしれません。

そんなシャープ文字に近い文字を書いていた私でしたが、
万年筆を使い出してから、…いや、川口先生にお会いしてから、
…字が上手くなったとまでは言いませんが、
とにかく手書きで字を書くという機会そのものが増えました。
だって(書き味のよい)万年筆は紙の上をするすると滑ってくれるので、
字を書くのがもう面倒ではなくなったのです。

手書き文化の衰退は、書くのが「疲れる」ためでもあるのだと、その時私は初めて知りました。

「でも川口先生のような先生がどこにでもいらっしゃるわけじゃないんでしょ?」
もちろん、そうなのですが、そこは心配いりません。
川口先生はあくまでお医者様で、健康であれば行かなくてもよいのです。
(私はもっと気軽に行っていますが。)

実際に万年筆を買うときに書き味を試させてもらって、
自分で納得のいくものを買えば大丈夫です。
(ちなみに国産のものの方が断然お薦めです。
日本語にあったペン先の作りになっているからです。)

4月28日夕方、久々にペンクリニックに行ってきました。
3度目の川口先生。
場所は日本橋の高島屋文房具売り場の一角。
父がすごい筆圧で曲げてしまった万年筆のペン先を代理で直していただきました。

ペン先がよくない→書けないので筆圧をかける→余計にペンが悪くなっていく、という悪循環です。
(ちなみに私が万年筆、万年筆と言っているので真似して使い始めたらしいです。(^^;)
重傷でしたが、安いステンレス製のペン先にもかかわらずものすごい書き味に仕上がりました。
またしても神業を見た感じです。
(このペンこっそりもらっちゃおうかなー。)

ついでに自分の万年筆もちゃんと診てもらいました。
調子の良いペンもさらに調子よくなってしまうのです。

そして良いペンの場合は、逆に使いこむほどどんどん良くなっていくという、
良い循環が生まれるのです。

川口先生に診て頂いたペンは、現在に至るまですべて快調です。(^^)v
もちろん、一生使い続けますよ~。

2007/04/30

杉菜2 杉菜風呂


私の杉菜スポットの一角を撮ってみました。
ぎっしり。なんという繁殖力。
この勢いで土筆も生えていたわけです。
もはや土筆・杉菜の草原です。

というわけで今日は杉菜風呂に入りました。
適量の杉菜を煮出して浸出液を風呂に入れます。
洗濯ネットなどに入れた杉菜をお風呂の中で揉みほぐして出す方法でも良いです。
ほんのり緑色のお湯ですが、青臭いことはありません。
少ーしお湯にコシが(?)でる感じ。

おでき、熱さまし、利尿剤、皮膚のかゆみ止め、アトピー性皮膚炎などなど、
効能はたくさんたくさんうたわれています。
そもそも江戸時代より薬効が利用されてきた植物だそうで、
それらの症状に塗布または腰湯、飲用、点眼などして使用したようです。

杉菜のお気に入りなところは、葉物のハーブ湯、ティー、などと比べあまり散らからないところ!
煮出す時ネットにも入れず薬缶にバサッと入れましたが、後かたづけは楽々です。

たのしー。

杉菜湯ばんざーい。

2007/04/28

杉菜1 フレッシュスギナティー (土筆4)


トクサ科トクサ属スギナ
地下茎から胞子茎(ツクシ)を立て、その後、栄養茎(スギナ)を出す。
どちらも植物名としては、杉菜(スギナ)。

「つくしはすぎなの子供なんだよー」

と、教えられて育ったため、
以前はつくしをじっと観察しているといつかすぎなになるのだと思っていました。

「それにしてもおかしい、つくしの方が太いんじゃないの??」と、疑問でした。(^^;
実際土筆が杉菜になるわけではないのですね。
土筆が杉菜なのは事実ではあるのですが…ややこしや。

さて、最近ツクシについての記事を3つ載せました。

それから時々私の土筆スポットを観察していたのですが、
先週の中頃の雨で杉菜がものすごく伸びて、
遂に土筆がほとんど隠れてしまうほどに緑色の大地になりました。

土筆を摘んだら、杉菜もだよね、と、摘んできました。
今日は生葉をお茶にしたもの。フレッシュ杉菜ティーです。
杉菜茶は、生葉でも干したものでも淹れられるようです。
(ハーブ屋さんで売ってますよ)

飲み方は普通のフレッシュミントティーなんかと同じように、お湯を注ぐだけ。
個人的には5分くらい待ったほうがいいかなーと思います。

確かに「お茶」とは全然違いますが、そんなに目立った癖もなく、飲みやすかったです。
…だからと言って水より美味しいかといわれたら、水のほうが美味しい。(^^;

というわけなので、何かとブレンドするのがよろしいかと思います。
煎茶とか、レモングラスとか、炒り玄米とか、全部合うと思います。


そして、お茶にする以前にビックリしたのが、「リンス」効果。
杉菜の浸出液は天然のトリートメントになるということを知識の上では知っていましたが、
摘んできて、洗って雑草と選別し、今日お茶にする以外の分を全部束にして干す、という作業をやっていたら、いつの間にか手がつるつるすべすべになっているではありませんか。
これはやってみたいことが増えるなぁ~。

薬効や干し方、使い方などなど、いちいち実践するたびに記事にしていったら
ここはすっかり「野草ブログ」になってしまいそうなほど色々に使えて効果絶大です。

とにかく干し上がったらまた書きます。
楽しみだなー。

2007/04/27

日差し


きもちい~

2007/04/26

アロマレシピ シンクまわりクレンザー


アロマで暮らすシリーズ(?)です。

キッチン、たとえばシンクの掃除やステンレス鍋のクレンザーとして、アロマ重曹を使っています。

〈材料〉

重曹 200g
スイートオレンジ精油 10滴

〈作り方〉

上記を混ぜる。
密閉容器や空き瓶に保存し、乾いたスプーンですくって使用。
または蓋の出来るコショウ入れなどがあればふりかけて使えて便利。

〈使い方〉

湿らせたキッチンブラシやスポンジにアロマ重曹を振りかける。
シンクの汚れをこすり、洗い流す。


精油はお好みでペパーミント、レモン、スイートオレンジ、グレープフルーツ、レモングラス
などより選択します。

上記の精油はすべて殺菌・消毒・洗浄・脱臭などの効果があるために掃除向きで、
且つキッチンの場合はあまり食品とかけ離れた香りが残ってしまうと違和感があるため、
このような選択になります。

実際に市販品で先日スイートオレンジ成分入りの重曹というのを見ました。
オレンジの皮で鍋を掃除する話を聞いたことがありませんか?
オレンジにはリモネンが多く含まれていて油汚れをすっきり落とし、
香りもまろやかなので好まれるようです。

洗い流してさっぱりした後に物足りなければ以前紹介したアルコール使用のキッチン掃除レシピを一吹きしておくとより清潔さが保てます。

川や海をあまり汚さず自分の手にも優しい楽しいお掃除です♪

2007/04/19

ひそやかに


ひそやかに…

2007/04/18

Astor Piazzolla 'NUEVO TANGO: HORA ZERO'

タンゴ:ゼロ・アワー

連日雨模様です。

軽やかになりたいな~、と思うものの、寒くて。。。
暗く寒い夜、雨の音のほか、聴きたくなる音楽といったら
Astor Piazzolla です。

私がピアソラを聴き出したきっかけは、友人がミルバのコンサートに誘ってくれたことからでした。
(↑贅沢!)

ピアソラのジャンルは…ピアソラです。(^^;

タンゴとかラテンとか、安易にまとめてしまうともったいない感じがあります。

クラシックとジャズとアルゼンチンタンゴと…幾多の音楽と人生の果てにたどり着いたあの場所、
という感じです。

その中でも、世間的にも、ピアソラ本人も認める、最高傑作
TANGO: ZERO HOUR
ピアソラ初心者にもお勧めかもしれません。

一曲一曲も良いし、アルバム全体を通しての構成もまた凄い。
ピアソラ自身のバンドネオンはもちろん、キンテートの演奏もそれぞれに皆すごく聴かせてくれて、
たとえばバンドネオンからバイオリンへ、バンドネオンへ、という音色のつながり、緊張感、……
ある時は息をするのを忘れ、ある時は叫びたくなります。

そしてあのじわじわ、じわじわとくる感じ。

聴くほどに、深い。。。

タンゴは人、タンゴは人生と言われますが、その通りだと思います。
何度聴いても、はるか深く、新しく、古い場所までおりていくのです。

一体何日続けてピアソラを聴くのかというほど、一度聴き出すと私は止まらなくなってしまいます。

雨の夜や冬枯れの時期には特にたくさん聴いてしまう今日の
CDです。

2007/04/17

ハナダイコン


最近マイブームな 「花大根」 。あちこちで群生しているのをみかけます。
ブームといって、何をするかというと……観るだけなんですけどね。
観るのが楽しいのであります。

2007/04/14

アンサンブル


だいたい月に1度、アンサンブル(歌)の練習をしています。
歌でもお話でも、一人一人個性溢れて主役級のメンバーたち。
今日も楽しかった~。感謝でいっぱいです。
これからもますます磨きをかけていきたいと思います。
がんばるぞ。

2007/04/13

見上げると


見上げると、なぜだか理由はわからないけれど、ふととても嬉しくなりました。
こんな晴れの日の緑や、雨の日、あの角を曲がった時の湿った香りや、
何かにふれたからなのか、そうでないのか、
理由もなく幸せは突然やってくるのだと思ったりするのです。

2007/04/12

投票


東京都知事選挙が終わって4日経ちましたね。

ところで「投票」というのはいつも身近にあるものだと私は思っています。

たとえば何かを買うこと。

A社でもB社でもなくC社の製品を買う、ということ。
大手スーパーで野菜を買うのか、大地宅配を取るのか、
はたまた近所の無人野菜販売所で買うのか。

一票というのはとても重いものです。
私が買うことによって、その企業は明日も生産することが出来るでしょう。

この会社はあまりよくない、と思っても、その製品やサービスを買ったら、
その会社の活動に対してイエスと言うことになる。

それが無意識にしろ、意識的にしろ、買うことによって私は支援者になる。

その小さな小さな積み重ねによって、社会は変化していく。

そんな私の小さな動きに振り回されて、企業は時に大変な苦労もするでしょう。
どうせ振り回すなら、積極的に意見を述べるつもりで企業を動かしていきたい。

そうして結果的に、社会はゆっくりと、時に急激に動き、変化していく。
それを、私達はいつもつぶさに観ていると思います。

「この街の個性が好き」
ならば、同じ物を買う時、チェーン店ではなく、地元の個人商店から買うことで、その景色を守れるでしょう。

お金が絡まないことでもそうです。
誰かの親切に「ありがとう」と一言言うことが出来たら、
その人はその力でまたもう一つ親切が出来るかもしれない。
(「ありがとう」という言葉は、そんな不純な動機から出てくるものではありませんが)

私達が何か「する」ことは、すべてどこかでつながっていて、影響しあっていて、
この大きな世界をつくっている。
大事な大事な一票をいつも持っていることに自信と自覚をもっていつも生活出来たらなぁ、と思っています。

嘆くのも、批判するのも疲れます。
ワイドショーなんかを見ていると、なんだかとても不毛な気がしてしまいます。

それよりも、今自分に出来ることを一つずつ積み重ねていくことで、
自分自身の心地よい生活をつくっていきたいと思います。

2007/04/11

土筆 3 きんぴら


また土筆料理です。
だって沢山取ってきたんです~。
今日は「炒める」系のレシピ、きんぴらです。


〈材料〉
土筆
ごま油
出汁、醤油、みりん

〈作り方〉
土筆ははかまを取って水洗い
下ゆでをしてあく抜きし、
ごま油で炒め、少しの出汁と醤油、みりんを加えて少し煮詰める

「かさ」が開いているものを使う場合、頭の部分は取り除いて調理するそうです。
頭の部分は特に苦く、茎の部分は少し甘いような気がします。


ほろ苦いもやしみたいな歯ごたえでした。(^^;

おいしいのでお勧めです。^^

2007/04/10

土筆2 天ぷら

前の記事の続きです。
土筆(つくし)を摘んできた私は、今日はいよいよ調理にとりかかりました。

ん?…そもそも私、土筆を食べたことあったっけ?
記憶がないので、ないのかも。
すごく苦いのかな?山菜みたいに?ドキドキ。。。

最初に食べたものがおいしくないと、その食材を嫌いになるし…迷う。
MAR姉さんの過去記事を見せていただくと、卵とじの作り方や、
きんぴらのような写真も載っていましたが、
初回なのでもっと苦さの気にならないレシピはないかなぁと探して…


天ぷらにしました~。
今日は土筆と椎茸の天ぷらです。









〈材料〉
土筆 適量
椎茸 適量
溶き衣 (地粉 1/2カップ、塩小さじ1/2、水1/3カップの割合)

〈作り方〉
土筆ははかまを取り、水につけて洗います。
椎茸はいしづきを取って、これも泥がついていたら洗って、
水気を切って、両方衣をつけて170度くらいの油で揚げるだけ。

上記の衣だとべたべたしないですし、付きすぎないし、
水気さえちゃんと切れていれば油もそんなにはねないし、意外にお手軽です。
(そもそも野菜なんて素揚げでも美味しいのですから。)

塩でいただきます。
味は?
美味しい!ほんのり苦く、春の味。
つくし、大好きになりました。\(^^)/

春楽しい~。

2007/04/09

土筆


MARさんが「土筆(つくし)取りをして料理した」お話を記事にしていらっしゃいました。
うわー、いいなぁ、いいなぁ。。。と、思っていたら、私も土筆の群生を発見!
多分今まで意識していなかったから見つからなくて、記事を読んだので視界に入ってきたのではないでしょうか。
人間の目なんてそういうものですね。
自分の辞書にない言葉は言葉として聞こえてこないし。うん。

MARさんありがとうございました~。\(^^)
というわけで、今日はトラックバックしちゃいます。
初トラックバックです。今まで勇気がなくて出来なかったのです。

そして人生初の(食用)土筆摘み♪
適当に、こんな感じ?と、根元近くから摘んでいきます。
摘んでも平気?
地下茎で増えてまた伸びてくるから大丈夫。
偉いぞ土筆。
楽しいぞ土筆摘み。
そういえば私は幼稚園でつくし組だった。

……^^;

紙袋一杯分摘ませていただいて帰宅。
どうする?さぁ、とりあえずどうする?

………

とりあえずいけてみよう (^^;

つづく…

2007/04/07

池のほとりに群がる…


池のほとりにカメラマンさんが数人三脚を立てているスポットがあったので、
何だろう?と近づいてみたらこんな良い構図に鴨が~。

…何鴨かな?^^;

その他にもここでは色んな鴨や野鳥も見ました。

ちなみに平日の早朝だったので、
スーツ姿に一眼レフをかかえた会社員風カメラマンさんに何人も遭遇しましたよ~。
みんな考えることは同じなんだなぁ。(^^;

2007/04/06

「うちの食卓 Non solo italiano」

今日は、いつも尊敬しながら読ませていただいているフォトログを1つ紹介します。

うちの食卓 Non solo italiano

神戸市出身北イタリア在住の t-fortunati さんが撮るお料理の写真。

素敵です。

憧れます。

そしてお料理自体もとてもお上手でバラエティーに富んでいます。

料理も好き、光の具合も好き、そして時々背景に出てくるご自宅の壁
(イタリアの壁は手作業で「塗る」壁なんですね)も好き、
文章の書き加減、書かなさ加減というかそういうものも含めて全部好きです。

初めてこのブログを知ったのは、確か「
カメラ日和」という雑誌に載っていたから、
だったかな?
とっても有名でファンの多いブログです。

そして!
4月6日、その「うちの食卓」が本になって出版されました~。
ということでファンとしては応援の意味で記事にさせていただきました。
これからも頑張ってくださ~い。

北イタリアの食卓 うちの食卓 Non solo italiano

雨あがり


桜×桜

2007/04/05

懐の深さ


昨日の雷雨はすごかったですね。

月、火、水と雨の予報。9分咲きの桜。

「咲き始めの花は雨でも簡単には散りません」というのを信じて、待つ、待つ、待つ。

「木曜は晴れ。」天気予報を毎日確認して焦らずに待つ。

水曜、雷雨。新宿や赤坂ではミゾレ!

でも、明日は晴れる。

信じて待っていてよかったです。
こんなにも水溜りや地面の上に花びらを散らして、それすらも美しく、

見上げればまだまだたくさん咲いている。

こんな風に自分の引き出しをたくさん持って、人にあげてもあげてもまだまだ美しく凛とした、
そんな人になりたいなぁ。


ありがとう。

2007/04/02

カルガモのお花見


今年は暖かい日が続いた後に寒い日がまた続いたり、
三寒四温どころではない極端な日が続いたので、
惑わされて周囲よりフライングしている桜がどこでも何本も見られます。

川に浮かんでいるのは花びらです。
葉になった桜も味がありますね。

軽鴨がお花見に来ていましたヨ。

2007/04/01

お花見


新宿御苑の桜です。
土曜も日曜も、違う場所で、違う方とお花見に行ってきました。
ちょうど満開になりたてといった感じでしょうか、すごい数の人が今日、お花見をしたんでしょうね。
雨も夜になるまで降らずに待っていてくれたみたい。

カメラを持たない友人と歩く時には私はあまりシャッターを切りません。

でも花びらがはらはらと散る様子をゆっくりじっくり見られたので満足です。

カメラを持っていると見えないこと、カメラを持っていないと見えないこと、両方たくさんあります。

桜と向き合う。

カメラと一緒に桜に集中する。

瞑想みたいに心が静かになって、桜という対象が私の心の中の花になる。

咲いている間にまた撮れるかな。。。

2007/03/31

ヨガ日記 meditation 2 動かない

瞑想に関するワークショップに行ってきました。
studio yoggy のヒロ先生です。

瞑想というのは目指すところは皆同じでも、
人それぞれ自分にあった切り口があると思うので、
今はまだ多くの切り口、方法を学びたいと思い、色々出掛けることにしています。

何故瞑想するのか
ヨガの歴史における瞑想
何故文化は違えど世界中に瞑想というものがあるのか
瞑想する時の基本的な座り方のお話

などなどの座学があり、数種の呼吸法があり、その後実際に瞑想を行いました。

瞑想といっても色々な方法があって、また留意する点も色々あるのですが、
達人ではないので一度に色々は出来ない、ということで、今回は

「絶対に動かないこと」

を最低目標として15分座りました。
(前回は、自由に足を組み替えたりしてもよかったのです。)
方法としては、何か雑念が浮かんで来たら、無理に消そうとするのではなく、
それをぼんやりと眺め、「想い」「想い」「想い」…と、呪文のように心の中で繰り返します。

すると、いつの間にか消えていく。

例えば音が気になったら、「音」「音」「音」…と、心の中で繰り返す。
いつの間にか気にならなくなっていく。

足が痛いな…

「痛み」「痛み」「痛み」…。

一種のマントラです。
どんなものでも、ずっと留まっているものはない。
思い、音、痛み…それらの雑念のすべては、待つことで、執着せずにいることで、
眺めることで、川の流れるごとくいずれ去っていきます。

たとえば2時間くらい座っていて足が痛くて仕方なくなった場合でも、
「痛み」「痛み」…と10分も繰り返しているといつの間にか流れ去っていくそうです。

いつか、それを体験してみたいと思いつつ、
とにかく15分の間私なりにそれらを克服しようとやってみました。

これすごい!

今までの中で一番集中出来ました。
心がおしゃべりをやめた状態、静かな状態ってやっぱりスゴイ!
時間もあっという間でした。
(方法のせいじゃなく、瞑想というもの自体に慣れてきたのかもしれないですが。)

もっと楽に座り続けられる身体を作るため、私はヨガのポーズの練習をしています。
右の股関節よ柔らかくなれ、なんて願いながら。(←雑念。)
すごく偏りのある私の身体だけれど、少しずつ柔らかくなっていますし、
いつかは数時間微動だにしないで集中出来る身体が出来るでしょう。

夢見て、また今の自分も楽しみながら、ヨガを深くしていきたい。
そしてその効果が日常へと深く返っていくように。
私自身が、もっと深くなるように。

色々な瞑想の仕方を学んでたくさん克服していきたいと思います。
その中で、今回の方法はしばらくお気に入りになりそうです。

2007/03/30

アロマレシピ うがい


風邪、流行っているんでしょうか?
それとも私の周りだけかな?
今日も強風でしたし、春は埃っぽいですもんね。

というわけで今日はうがいレシピです。
なんだかんだと、これを作る回数がとても多い私。

〈材料〉
・ウォッカ 100ml
・精油 合計20滴

(精油はティートリー、ペパーミント、レモンから適当に混ぜます。1つでも可)

混ぜたものを容器に保管しておきます。
(写真右の青いポンプが、完成品を保管している容器です)
使う時は、完成品5mlを水100mlで薄めてうがいをします。(写真左)

今日はこれだけ。簡単~。
(あ、写真にウォッカがうつってない。)


以下に補足を。---------------------------

○精油について
精油は必ずアルコールなどで薄めて使用し、原液は用いません。

○ウォッカについて
無水エタノールでも大丈夫とよく書かれているのを見ますが、なんとなく口に入れるものなので私はウォッカにしています。

○できあがり
市販のうがい薬よりも大分刺激抑えめです。
私は、少し濃いめにしても差し支えないような気がしますが、濃くする場合は自己責任でお願いします。

○その他のレシピとの比較
うがいレシピは他にも色々ありますが、その中でこのレシピ(ウォッカ+精油)の良いところは、

・ボトルで一定期間保存可能
・小さなボトルに入れて気軽に持ち運べる
・マウスウォッシュとして口臭予防効果がある

マウスウォッシュとして口の中をすっきりさせたいだけなら、精油はペパーミントだけにするのがオススメです。

○使用した感想
さわやかです!
市販品のように刺激が強いものを口に入れている不安感がありません。
継続的につくり続けると、回数ごとにかかる価格が計算できないほど安くあがっていくのもお気に入り。

市販品を買いに行く手間とほとんど同じくらいしか作る手間はかからず、経済的にはおさえられ、なによりも成分がシンプルでオススメです。

-------------------------

昨年も1回だけ扁桃腺を腫れさせていますが、確実に以前よりは強くなっている私。
でもまだまだ。
これからもうがいしながら頑張りま~す。

2007/03/29

陰ヨガ


「陰ヨガ」に行ってきました。

Noriko先生のブログ同名の記事を、ふ~ん、となんとなく読んでしまっていましたが、
実際にやってみると想像以上に、

気持ち良い!

終わった後の身も心も緩んだ感じや、
翌日まで身体が柔らかい感じがなんとも心地よいです。

身体が柔らかいっていうのは、前屈がべたっと着くとかそういう意味ではなくて、
なんだかとにかく細部に至るまで「ゆるんで」いるんです。(良い意味で。)
こわばりがなくなって軽やかというか。
一回でこの効果はすごい!

…で、陰ヨガって何?

詳細は上記リンク先生の記事にわかりやすく書いてあるのでどうぞ。
ですが簡単に言えば、「陽」はしまる感じ、アクティブな感じ。
「陰」はそれに対して広がる感じ、リラックスする感じ。
別にネガティブの「陰」ではなくて相対的なものです。

陰陽という考え方は日本に古くからあるものなので、なんとなくおわかりとは思いますが、
人間にも自然界にも常に陰と陽の両方があって、表裏一体に成り立っています。
アクティブも良いけれど、時にはリラックスすることも必要ですし、逆も。

以前書いたアシュタンガヨガなんて、本当に運動量が多くて絶えず動いていて、かなり陽的なヨガ。
それに対して陰ヨガは、一つのポーズにじっくり長く身を置いて、
深~く、長~く、たくさん呼吸をして、味わっていきます。

本来なら一つのポーズ3~5分行うそうです。
今回は時間の関係でそこまで長くはしませんでしたが、
確かに「え~、もう終わり?」といちいち思いました。
そんなに長くポーズにいたことなんてない私なのに、短く感じるという感覚にビックリ。

さらにびっくりしたのが内面の静かさで、ポーズをしている間中どんどん静かになっていき、
集中していくことが出来た。

瞑想や心の雑音を消すヒントまでもらえたような気がして嬉しいです。

あと、ゆるんで眠くなるので、眠れない方にはぜひおすすめなのではないかと思います。

陰ヨガ、必ずまた行きます。
というか、またやってください、と先生にお願いしなければ。

Noriko先生のクラスはいつもとっても「癒し系」で、オススメです。

2007/03/28

想う


近所に木が沢山生えている空き地がありました。

今日の帰り、そこがただの野原になっていた。

暗闇の中にショベルカーがぼんやりと見えて、やっと何が起こったかわかりました。
片隅に切られた木が材木のように行儀良く積み重ねられていて。

よくあること。
たった一区画のこと。
何か建てるのかもしれない。
ただ、木が切られただけです。
ただ、木が切られただけ。

でも。。。

なんなんだろう、このショックは。

予告無く、お気に入りの景色が変わってしまった。
他人の土地だから、当たり前だけれど。

でも。。。

土地がヒトのモノ、ってなんだろう。
木がヒトのモノ、ってなんだろう。
土は土で、草は草で、木は木で。。。

毎日想いを寄せる私より、お金を出したヒトのモノなんだ。
どうしてなんだろう。
私はお金を出していないから、木は切られた。

足下をすくわれるような、日常の危うさ。

地震で目の前の風景が変わってしまうってどんなだろう。
壊れた家の中には、一体どれだけの年月がつまっていたんだろう。
どれだけの、私の近所の空き地が、
どれだけの美しいものが、どれだけの想いのこもったそれが、失われてしまったんだろう。

災害に対して意識の薄かった私に、今日は天罰が下ったか。
そんなに大袈裟なものじゃないか。
ただ木が切られただけなんだから。

小さく重たい日常の平和。

2007/03/26

PIENA DI VITA ~ブログ1周年


このフォトログ一番最初の投稿は「たんぽぽ」という記事で、2006-3-26 となっています。

と、いうことは、今日で1周年!

す、すごい!あっという間でした~。
どうしよう、記念に何かする?どうする?

ってもちろん、写真を撮れば良いにきまっているのでした。

目の前にあったもの。
穀物珈琲で夜のカフェタイム。
静かに自分を振り返る時間です。

引っ越してから手に入れたこのテーブルは、灯りをもう少し整えれば、
これからここで色々撮影できるかな、と想像しています。


振り返ればこのフォトログで私はいつも迷っていて、探していて、
何かの結論としての写真ではなく、その探している過程を写真と共に歩んでいる。

でもたまに、探さなくても今あるもの、自分の持っているものを確認するような写真の撮り方も必要かな、と思います。
自分の中の確実な部分を深めていく作業、というのかな。

自分がいつも見ているもの。。。そして、写真に表すことが出来るもの。。。

うーん。。。

触れていると安心する大好きなモノを撮っているうちに、何かヒントがもらえるかもしれません。
写真を撮ることが、迷い探す旅ではなく、自分の居場所を確認し、深めていく作業になる。

そうして、撮ることで自分の中に、確実さを、やさしさを、増やしていけたらいいな。

「迷い、探すこと」と、

「自分の確実な部分を掘り下げること」と、

2つ、両方やっていけたらバランスが良いのかな、と、そんなことを考えつつ。


PIENA DI VITA 1周年。

写真以外のカテゴリへの野望もまだまだ実現していないけれど、

改めてたんぽぽの写真を見返してみると、やっぱり「写真=初心」だと思う。

写真にかえる。

下手でも「今の自分じゃなきゃ撮れない」写真、目指してみたいです。

まだまだ続けます♪

m(__)m

2007/03/08

Festa della Donna

先日ガウディの記事の際、発掘した写真の中にこんなのがありました。

今みるとミモザの花ですね。
グエル公園の中です。あまり立派に咲き誇っていたので撮ったんですね。
(上の方に小さく人が写っているので、よ~くみると、樹の大きさがおわかりいただけると思うのですが。)


さて、ミモザから連想すること。

今日、3月8日はイタリアでは Festa della Donna = Donna 女性 della Festa 祭日
女性の日という祝日です。
さすが母の国イタリア!ものすごく盛大なお祭りの日になるそうです。

そして、この日に男性から女性に贈られることになっているのがミモザ。
恋人やお母さんへ、だけではなく、職場の仲間同士などでもやはりミモザを贈るそうです。

ミモザって、黄色だし、枝もふわふわと華やかで目立つし、これが街中に溢れるんですから、さぞかし明るい感じになるのでしょうねぇ。

日本のバレンタインのチョコで溢れた街をミモザに置き換えて、想像してみている私ですが。。。

ちなみにこの女性の日、アメリカ発祥ですが、世界的に重要な日とされています。
日本では全然話題にならないですね~。

2007/03/05

春の雨

暖かい一日。天気は大荒れ。傘の骨が折れました。(;。;)

春の匂い。
春の風の匂い。
春の雨の匂い。

この懐かしさはなんだろう。
ただ、一年が過ぎたからだろうか。

友達とみた桜の思い出?
その枝の上の月に似ている?

都会の真ん中の苦しさ?
海辺の幼少時代、包み込む夜の巨大さ?

大人になると、懐かしい匂いに、重なる思い出が多くなって、どの想いのせいで、なぜ切なくなるのか自分でも理由が突き止められなくなる。
つきとめられないその想いのでどころを探る心の旅は楽しい。
きっと、これからもっともっと楽しくなるだろう。

なるといいな。

2007/03/04

秋の桜


秋桜と書けばコスモスのことになってしまいますが、これは十月桜という桜です。
春と秋の年二回咲くのですって。。。

2007/02/25

CD

PHOTO: シナマンサク。あのー、マンサクって、どうなったら満開なんでしょうか?



知人にクラシックCDをたくさんたくさん持っている方がいて、
その方が「忘れていて同じのを買ってしまったんだ~」というのを以前何度か聞いていて、
そんな~、持っているのを忘れて買ったりしないよ~。
と、笑っておりました。

小休止

昨日CDの整理をしました。
1枚のCDを常に聴いているわけではないので、
もったいないからしばらく聴いていないものは端から家族に貸し出している私。
「そういえばあれもこれも貸していたよね~」と、一度回収することにしたのです。
すると、中に「そのうち買いたいな」と思っていたCDがあったのです。(^^;

持っていたなんて、忘れていました。
ショック。(ToT)

モノを大切にすることを標榜しているこの万年筆ブログにあるまじき事態です。
出来ることを一つずつ。今はCDを見直す時かもしれません。

CDという形式自体がこれからの所持形態としてふさわしいかどうかということを含め、
そろそろ私も○○さんのように、自分の音楽一覧表をつくって考えてみようかな~、
と思う今日この頃。


音楽って、どうやって保管していますか??

2007/02/23

鳥写真への道…


惜しい!

鳥はさすがに通りがかりには撮れないですね。
じっくり根気強く待たねばなりません、ね。

2007/02/22

Licht


毎朝のささやかな和み

2007/02/21

Chamber Choir of Europe 'Brahms Choral Works'

Brahms : Choral Works (Box)
Brahms : Choral Works (Box)

最近積極的に、「今日聴いている音楽」をブログに書くようにしています。
自分のライブラリを公開することで、何か見た人と情報を共有したりする手助けにならないかなぁ、
と、ブログの可能性を探っている(つもり)。

※ 画像は
Amazonにリンクしてますが、特にこのCDの販売促進ではありませ~ん。

今日のジャンルはクラシック:ロマン派:声楽 です。
ヨハネス・ブラームスのアカペラ合唱作品集。

Completeって、持っていると資料としても役に立つし、かゆいところに手が届く感じですね。(?)

ブラームスのようなロマン派は、クラシックの入り口としては聴きやすいんじゃないかなぁ。

…でもこれは合唱作品コンプリートなので、そういう方にはもうちょっと軽めのをお勧めしますが。
^^;

2007/02/17

冬日


今日はこの写真と違って雨でした。
寒~い。
どんなに暖冬でもすっかり忘れた頃の3月に一度は雪の降る東京ですからね、
油断出来ないです。

冬…

写真ライフ…

冬枯れの木々と頑張って向き合った。
上手く撮ってあげられなかったけど、一応努力はした。
暖かくても冬は冬だった。

もともと関東人だと、冬の本質は雪というよりも、枯れることそのもののように思えます。
曇りの日のどんよりとした感じ、
晴れた日の澄み渡る空気。

写真を撮っていなかったら、
「今年の冬は暖かかったねぇ」と気楽に言っただろうけれど。
でも、写真を撮り続けようとしたがために、
あぁ、冬は辛かった。
冬らしい冬が来るならそれも受け入れよう。
でもでも、今は素直に、春の光を喜んでおく私。
でも今日は雨。
写真を撮っていると天気に振り回されます。
動じないようにせねば。

またがんばろう。。。

2007/02/16

困難なことがあったとき



今日はとっても神経のすり減る出来事がありましたがなんとか乗り切りました。

途中、考えても仕方ない時間は仕方ないんだ、とうまく割り切れたのが良かったようで。
たとえば遅刻しそうな時、それでも電車にあと1時間乗っていなければならないとしたら、
その1時間の間ずっと時間のことを心配していても意味がないですよね。
それと同じで。

何かピンチの時、
Kurt Widmer 先生(声楽)のお話をよく思い出します。
以前のワークショップで先生が、

「困難なことがあったとき、どうやって乗り越えますか?」と質問し、

「私はこうします。」

と、一歩前に出ながら胸を大きく張って見せていました。
背中が丸まって胸が小さくなっていると乗り越えられない。
胸を広げて大きく構えてみると、心にゆとりが出来て乗り越えられる。
小さなことだけれど、当たり前かもしれないけれど、大事だなと思います。


ヨガを始めてからはそれと同じ事を何度も何度も教わってきました。
胸の中に空間をつくることの大事さを。
胸を広げると呼吸もしやすくなりますしね。
心配事があると溜息をつくように、呼吸によって心身をコントロールする際、
身体の中の空間の大きさはとても大事だと思います。

昨年秋に
Anusara Yoga 創始者 John Friend 氏のワークショップに参加した際にも、
先生はいくつかの重要なアライメントと一緒に、

Inner body bright.

と、ことある毎におっしゃっていました。
内面を輝かせて!ともとれるし、軽やかに!かもしれない。
同時に物理的に
Inner body を広げて、という意味も、
多分両方含まれているのだと私は理解しました。

物理的であって、精神的でもある。

音楽やアートなどにおいて知識と感覚の境目なんてないな、とよく感じますが、
同じように、ヨガにおいては精神と身体を密接な連関の中で捉えます。

…すぐヨガの話が長くなってしまう。

とにかくへなちょこな行動ばかりしている私ですが、
小さなピンチの時、考えていたことのお話、でした♪

2007/02/15

おひさま


早起きすると気持ち良いですね。
春一番が吹き荒れる中、シャッタースピード早めで撮影。
太陽が白飛び。
意図してなかったのにソフトフォーカス。
でもそんなことも、お天気が良いとプラスに見えてくるから本当に不思議です。