2006/07/15

発酵と腐敗

以前、ある勉強会で福島の大木代吉本店(日本酒の蔵元さん)の方にお話を聞いたときに、
発酵と腐敗の違いはなんだと思いますか?と聞かれました。
なんだと思いますか?

実は自然界において、発酵と腐敗は同じ現象なんですね。
どちらも菌がそこにある何かを分解し、新たな何かを生み出していくことですが、
一方は人間に役に立ち、一方は困らせる。
人間にとって良いか悪いかで、勝手に呼び分けているだけなんですよね。
(『風の谷のナウシカ』を思い出していただくとわかりやすい。)

そのように人間の狭い視野を捨てて菌を平等に観ることが出来れば、
色々と新たなことが見えてきます。

たとえば除菌という発想のエゴ。

四角い空間を思い浮かべます。
そこには空気しか入っていないように見えます。
空気だけ…しかし、実際にはその中には100の菌が存在しています。
人間には見えないだけです。
そしてその空間から、すべての菌を排除してみる。
(たとえば手についた「ばい」菌を洗剤で殺す。)
うん、綺麗になった、って人間は満足するんですね。
しかし、それは一瞬のことです。
なぜ?
四角い空間の前後左右にも上下にも、別の四角い空間が存在していて、
そこには当然別の100ずつの菌が住んでいるし、
自分たちのいるところが定員100に達していて、
隣が0になったと知ったら、当然空いている0の方になだれ込んで来るからです。
だから、除菌というのは普通に考えると不可能ということになります。

自然界では、科学のように強引な「排除」という考え方を用いません。
そこではお互いにうまく「住み分ける」ということが日常的に行われている。
死は完全に自然の法則に任されていて、
この例で言えば、四角い空間において定員100を越えれば、
自然に101番目の菌は死んでしまうように出来ているのです。
そうして、生と死はバランスによってのみ存在している。

うまく住み分けている菌たち。
それを人間が洗剤や何かによって自分勝手に「排除」しようとすると、
今まで隣の空間で大人しくしていたであろう、もっと人間にとって恐ろしい菌を逆に引き寄せてしまう結果にもなってしまう。
しかし、科学においては最初の発想が発想なので、
それに対抗する手段は「もっと強力な洗剤を使う」ことしかないのです。
あとはもう、ひたすら悪循環を繰り返す。

生きると言うことは塵芥にまみれていくこと。

たとえばうがい薬ではなく、塩でうがいしてみる。
自然の法則に従って生きることは、偽善的なことではなく、
将来の子孫のためでもなく、
自分に直結することなのだと思い知るようになったのは、
このことを学んだ頃からだったと思います。

2 件のコメント:

  1. >それに対抗する手段は「もっと強力な洗剤を使う」ことしかないのです

    そうして抗生物質や強い薬剤に晒される事で、細菌はそれに負けないように進化していきます。気がつけば、MRSA等の強力な薬剤に耐性を持つ菌が増えている・・・。今じゃ検査実習当時最強と言われていた薬剤が効かない菌も出てきて、微生物の生命力の強さに驚くばかりです。
    人間が細菌や生き物の進化の営みを止めようとしても、生物は進化する道を探すんですね。
    ある程度は自然の法則に委ねる事、共生する事を認めないと、いつか人間はもっと痛い思いをする事になると思います。

    2006/07/17 21:47

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  2. >ある程度は自然の法則に委ねる事、共生する事を認めないと、いつか人間はもっと痛い思いをする事になると思います。

    よっぱさんからこういうコメントをいただくとすご~く心強いです、ありがとう。
    今私も痛い思いをしないように勉強しているところです。
    自分の出来ることをみんなが少しずつ知っていけたらいいのにな、と思います。

    2006/07/19 22:54

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